愛していなくてもいい
時たま、昔の彼氏や別れた元夫のことがふと頭をよぎることがある
別にわざわざしっとりと思い出すわけではなくて、何かを見たり聞いたり食べたり考えたりして、それが他の何かの記憶と結びついて、コンコンコンと玉突き状態で過去にイロイロ会った相手に繋がったりするわけだけれど、そういう時に決まって思うこと
あたしは一体その人の何を知っていたんだろう
当時すごく好きだったとか切なかったとか苦しかったとか、そういう思いをしたことは結構鮮明に覚えてるけど、じゃあその人を本当に理解して心底愛していたかと考えると途端に自信がなくなる・・・
と言うより、いやあ、何も分かってなかったよなあ、本当にその人を知ってその人を1人の人間として大事に思っていたわけじゃない気がする、としみじみ思う
9年間も夫婦でいた元夫のことですら
もしかしてあたしは半世紀以上生きてきて、本当に心からパートナーを愛するということがなかったのかも
歌の歌詞にあるように「愛したのはあなただけ」とかさ、そういうの、どうも刺さらないし
で、今どうしてわざわざこういう月並みなことを書いているかというと、現夫のことで最近気がついたというか開き直ったことがあって
それはですね、とある瞑想ガイドを聞いていてふとひらめいた感じなんだけど、あたしはもしかしたら今の夫のことを愛していないのでは?ということ
知り合った当初から振り返ると長くなるのではしょるけど、意識のどこかにいつもモヤモヤと本当の「愛情」(それは例えば自分の子供に対する無条件の愛情のようなもの)を持っているか定かでないなあという感覚があった気がして
でもそれは水面下にあって、はっきりとは見えていなかったし水の中に手を伸ばして拾い上げることもしていなかったけど、常に何かモヤモヤモヤモヤしていたわけです
でも今回、認めにくいことでも認めて受け入れるところから始める瞑想の過程で、仮に夫を愛していないとしても、そんな自分にオッケーを出せばいいのか、と
で、一旦「愛していなくても良い」と明文化するとなんだかとってもすっきりしたわけ
さらに瞑想で落ち着いた心持ちで、愛していない状態から愛情を育てる努力をしてみようと、謙虚な目標に辿り着いて、またまたすっきり
瞑想ってすごいなーと
ところがどっこい
そのすぐ翌日あたりにまた夫の言動がこの謙虚な気持ちをひっくり返してくれたわけで
あーあ
そんな年越しでした